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封神台で会いましょう


きこきこ。

この不思議な乗り物は、ぶらんこと言うらしい。頭に光る輪っかをつけた不思議な仙人が言っていた。ぶらんこ、耳慣れない響きだ。僕は先ほどからずっと、木の板のきしむ少し間抜けな音を、なんとはなしに聴いていた。

「会いに行かないの?」
そいつは突然名乗りもせずに現れた。思索にふけっていた僕は、突然降りかかってきた声に、思わず目をしばたたかせた。空色の短髪、見慣れない誂えの服。一目で仙道と察したが、いかんせん、その顔に覚えがない。
「誰だ、あなたは?」


「ずっと君に会いたいと思ってたんだ」
そいつは僕の座っていた座椅子の、端のほうに腰かけた。少し話をしようか、そう言って微笑みながら。君のこと、正確に言うなら君の家族のことはある程度知っている、とそいつは言った。それから、辛かったね、と。
かつて僕は、憐みや同情を向けられるのがなによりの侮辱だと考えて疑わなかった。しかしなぜか、そのときだけは、かけられた言葉を字面通りに、素直に受け取った。今になっても、その理由はわからなかった。
「君は真面目だね」
というか、生真面目すぎて、堅苦しいくらいだ。そいつは少し眉根を下げて言った。堅苦しい。なるほど、そうかもしれないと思った。僕は、威儀を正して、睨むように前を見据えて立つ以外で、強く在る方法を知らなかったのだから。僕は、膝に目線を落として、ああ、とだけ返した。
「君には、背にかばわなければならない人がいたものね」
そう言うと、そいつは何かを思い出すように、少しだけ視線を宙に巡らせた。僕はひとつため息をついた。
「僕になんの用だ」
「君に伝言があってね。聞く?」
伝言。そう聞いて、数人の顔が僕の脳裏を巡った。僕はそのうちのいくつかにあたりをつけると、小さく唾を飲んだ。少し、喉の乾く感覚があった。
「…いや、」
いい、僕は首を振った。脳裏に浮かんだ数人のうちの誰からの伝言であっても、僕は、それを冷静に受け止めることができそうになかった。浮かんだ言葉は、どれも僕をなじるものだったから。
「言っておくけど、君が今想像したような伝言は、僕一切受けてないからね」
心の底にわだかまった言葉をそっくりそのまま言い当てられたような気がして、僕は思わずそいつの方を振り返った。そいつは、見た目穏やかそうな、けれど裏の読めない笑顔で、僕を見ていた。
「その人は、君がきっと自分を責めているから、もうそんなことはしなくていいと伝えたいと、そう言っていたよ」
僕は目を丸くした。驚きのあまり、え、という声が漏れてしまう。
「その人は、君に会いたがっていたよ」
身じろぎした拍子に、わずか椅子のきしむ音が響く。そいつは相も変わらず笑顔のまま、静かに僕に目線を送っていた。僕は唇をかんだ。
「いや、やっぱりいい」
僕がまた首を振ると、そう、と言ってそいつは立ち上がった。それじゃあまたね、と短い挨拶を残して、そいつは去っていった。名前を聞きそびれたことに気づくのは、それからしばらく経ってのことだった。
まだその先を聞いてはいけない気がしたのだ。そのときは。

またね、の言葉通り、果たしてそいつは再びやって来た。今度は、なにやら小脇に木の板を数枚抱えている。空いている方の手には、宝貝らしき球体を載せていた。僕がいぶかしげな目線を送っていることに気づくと、そいつは、まあちょっと見ててね、と言った。
そいつが抱えていた木の板を下ろし、宝貝になにごとか指令を与えると、ぽん、という軽やかな音とともに、見慣れない建造物が出現した。
「なんだそれは」
「知らない? ぶらんこって言うんだよ。乗ってみる?」
木と、鉄でできた不思議な乗り物の、持ち手の部分を引っ張りながら、そいつは例のごとくにこりと微笑んだ。やはりよくわからない奴だ。
僕は、あまり気のりはしなかったが、そいつがあまりに勧めてくるので、仕方なく奇妙な乗り物に腰をかけた。なんだこれは。前後に揺れて、足元がおぼつかない。
僕が非難するような目を向けても、それがいいんじゃない、とそいつはどこ吹く風だ。僕は半ばあきらめに近い気持ちで、揺れに身を任せることにした。
「伝言、聞く気になった?」
「……」
「その人、ちょっと悲しそうな顔してたよ」
「……」
「いいんです、って言ってたけど。君はいいの?」
きこきこ、と間抜けな音が響く。そいつも同じように腰かけて、揺れに身を任せながら、ぽそぽそと、あぶくのように僕に話しかけた。
僕は腹にたまった空気を押し出すように、重いため息をついた。
「…『その人』は僕の弟だな」
僕がようやく観念すると、そいつは笑みを深めて、強情だね、と言った。
「会いに行かないの?」
「今さらどんな顔をして会えばいいのか、わからないから行かないんだ」
僕はごまかすように地面を蹴って、大きくなった揺れに身を任せた。きこきこ、この音を聞いていると、なぜだか幼い頃に戻ったような気持ちになる。ついさっき、はじめて目にしたばかりだというのに。
「僕は弟を手にかけたんだぞ」
ぎ、と持ち手の鉄の部分がいやな音を立てた。なにかに似ていると思い、ああ、と僕は納得した。死にゆく人のうめき声に、似ているのかもしれない。
「あいつも、もう僕を兄だとは思っていないだろう」
胸が引き攣れたように痛んだ。だが、もはやどうしようもない。震える手を振り払ったのは、他でもない自分自身なのだから。

突然、ぽかりという軽快な音が響いた。

がくんと顎が落ちる。一瞬後にようやく、自分が宝貝らしき球体で頭を殴られたのだということに気づいた。
「なにをする!」
「君ってば僕の話を聞いてなかったの?」
そいつの声はわずかに怒気をはらんでいて、聞き覚えのない響きに僕は一瞬ひるんだ。僕の話。何の話だ?思考を巡らせようとするも、先程の殴打の余韻でまともに頭が動かない。あれ、結構痛い。
「もう気にしなくていいって言ったんだ」
怒りを含んだ響きとは裏腹に、そいつの顔はなぜか悲しげだった。
「あやまりたいって、そう言ってた」
あやまる。謝る。誰に?
「だから会って話をしたい。今まで、話せなかった分もぜんぶ」
誰の言葉だろう。僕はいったい、誰の言葉を拒絶していたんだろう。
「君たちは臆病だ」
きい、と鉄のきしむ音がした。それは、苦しげな響きというよりは、どこか切なげな、こらえるような響きだった。
「だからこそ、会って話をするんだ。しなくちゃならない。互いに伝わると思って、伝わらなかった部分を、言葉でひとつひとつ埋め合わせるんだ」
思い出す顔があった。不安げに瞳を曇らせて、けれどその言葉だけ飲み込んだ、お世辞にも「らしい」とは言えない顔。その顔を見て、あえて飲み込んだ言葉が僕にもあった。飲み込んで、飲み込んで、通じているはずという思い込みのほころびを見つけた頃には、もうすべて手遅れだった。

「手遅れじゃないよ」

ああ、また。僕は一層強く唇を噛みしめた。前にも、こういう風に隠していた言葉を引き上げられたことがあった。形にすることすらあきらめた、そんな言葉を。
「だって今、君たちにしがらみは何一つないじゃないか」
だから会えるよ、言えるよ。そう言って、そいつはようやく笑みの形を作った。木の板に腰を下ろして、きこきこ、と間抜けな音を立ててみせる。
ぽろり、わだかまりがほどけて瞳からこぼれ落ちた。一度切られた堰は、簡単には戻らない。僕は、まるで子供のように、声をあげて泣いた。はじめから、こうしていればよかったのかもしれない。たとえ現実においては無理だったとしても。そうする努力をしなければいけなかったのだ。僕の心は、少しかたくなすぎたと、今、とても素直な気持ちで、そう思うのだ。
無様な僕の泣きざまを、そいつはいつくしむような目でじっと見つめていた。
「君たちなんか、僕と比べたら、ずっとずぅっと子供なんだから」
だから、泣きたいときには泣くといいよ。その言葉に、僕はまた嗚咽した。

「彼の本心からの言葉は、君が直接聞くんだよ」
「ああ」
結局泣き出してから泣き止むまでの顛末を、すべてそいつに見られてしまった。僕は少しばつが悪くて、そいつの顔を直視できなかった。けれど、そいつは、なにが嬉しいんだか、にこにこにこにこ笑っていたようだった。

それじゃ、とそいつは言った。気がつくと、あの不思議な乗り物も、そいつの姿も、すっかり姿を消してしまっていた。夢でも見たのかと目をこすってから、僕はなんだかおかしくなってしまって、思わず吹き出した。それから、声を上げて笑った。こんな風に笑ったのは、一体いつぶりだろうか。まなじりに引っかかっていた滴をぬぐうと、あざやかな夜明けの光が目に入った。

夢であるものか。耳に、あの間抜けな音がまだ残っている。

それから、僕は歩き出した。あのとき言い損ねた言葉は、まだここにある。
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